黎明と熱狂
— 何者でもないおじさんたちの、手探りの冒険 —
はじまりは、たった800円の入場券だった。
「鴨頭嘉人&窪田望と一緒に学ぶ NFT超超初級講座」——
「勉強してもできない人」のための教室に、
私たちは理屈より先に飛び込んだ。ウォレットの作り方すら分からず、
ガス代という言葉に戸惑い、それでも目だけは少年のように輝いていた。
最初の授業で教わったのは、儲け方ではなく「詐欺から身を守る方法」だった。 仲間は500人になり、1,000人を超え、わずか2ヶ月で3,500人に。 真っ暗な荒野を、みんなでランタンを掲げて進むような日々。 その灯りを絶やさぬために生まれたのが、「おじさん新聞」だった。 誰に頼まれたわけでもない。ただ「昨日知ったことを、仲間に伝えたい」—— それだけの、あまりに純粋な創刊号。
画面の向こうの名前が、リアルの握手に変わった夜。
あの熱量を、私たちは今も忘れていない。
「分からないことだらけだった。だから、全部が冒険だった。」
静寂と継続
— ブームの終焉、それでもペンを止めなかった日々 —
冬は、静かに来た。
チャートは沈黙し、タイムラインから人が消え、
あれほど賑やかだった界隈に、風の音だけが残った。
「これ、意味あるのかな」
何度も自問した。読者が減っても、話題が枯れても、
それでも毎週、新聞は発行された。畑を耕すように、
泥のついた手で、一行ずつ。派手さはない。バズりもしない。
ただ「続ける」という才能だけが、そこにあった。
そして気づけば——去らなかった仲間との間に、 どんな強気相場よりも硬い信頼が、静かに積み上がっていた。 冬に結ばれた絆は、冬では切れない。
「ブームは去った。仲間は、去らなかった。」
AIとの出会いと変革
— 新しい技術を、新しい相棒に —
時代は、待ってくれなかった。
生成AIという巨大な波が、世界を丸ごと塗り替え始めた。
「50代には難しい」——世間はそう言ったかもしれない。
けれど私たちは、波を眺める側ではなく、波に乗る側を選んだ。 創刊の日と同じ、あの好奇心のままに。 真っ先にAIに触れ、失敗を笑い合い、覚えたことを新聞で分かち合った。 冬の時代に耕し続けた畑があったからこそ、 新しい種は、誰よりも早く芽を出した。
AIは、脅威ではなく相棒になった。 学ぶことの楽しさを、私たちはもう一度思い出した。 何歳からでも、人は変われる——それを証明した季節だった。
「新しいことを学ぶのに、遅すぎる年齢などなかった。」
挑戦する文化、応援する文化
— 先頭を走る背中が、みんなの物語を変えた —
いつだって、先頭を走る背中があった。
60歳を目前に、日本武道館のステージに立った鴨さん。
「Challenge Like A Baby——赤子のように挑戦しよう」。
その言葉どおりの生きざまに、武道館は満員の仲間で埋まった。
藝大の門をくぐり、世界の賞へと駆け上がった窪田さん。
ふたりの先生は「教える人」である前に、誰よりも「挑戦する人」だった。
その背中を追って、みんなが歩き出した。
バンドを組んでステージに立つ者。舞台役者に挑む者。美術館に作品を並べる者。
能登の子ども食堂へクラウドファンディングを届ける者。
AIを相棒に、新しいゼロイチを掴む者。
挑戦の形は、ひとつとして同じではない。
けれど挑戦する人はみな輝いていて、思わず応援したくなる。
挑戦する文化と、応援する文化。
800円の教室から始まったこの場所は、いつしかそのふたつを育て、
新聞も「応援新聞」と名乗るようになっていた。
秘密基地には今日も灯りがともり、新聞は今週も発行される。
399号も、400号も、その先もずっと。
この場所を温かくしてきたのは、技術ではない。
最初の夜からずっと、互いの挑戦に灯りをともし合ってきた、あなたたちだ。
「挑戦」の魔法は、人を笑顔にする。